〈作家コメント〉
私は、石で起こしたかたちをブロンズに置き換えるという制作手法をとっている。彫刻はもともと可変性のある素材で形態(原型)をつくり、そこからより持続性の高い素材に置き換えることによって発展してきたのであるが、今日強固な素材として考えられている石材は、ギリシャにおいてはブロンズによって制作されたオリジナル作品のコピー素材(代替)であり、紙のように転写し大量に消費される素材であった。
《残響》(Echo)という作品は棒状に伸びた抽象形態を床面に寝そべるように横たえてただ、存在を感じさせるためのインスタレーション様作品である。(ここでは敢えて「彫刻を転がす」のではなく、「彫刻を横たえる」という風に表現することとする。)今回の二次作品は、延長として、石からブロンズへと転化することにより研磨された作品表面に観者の顔が映り込み、視線を変容させる目的がある。黒御影石の無機質な素材感は夕日に照らされて眼出する線状の影のようにしか見えないだろう。見られていなかった作品の輪郭が顕(あらわ)になることで鏡面磨きされたブロンズの質感のみが露出する。「石で起こしたかたちをブロンズに置き換えるという制作手法」すなわち「オリジナルのリ・プロダクト」はどのような意味を持つのか?このリプロダクトという語彙については近年、アンティークデザイン家具の売買において長らく復刻やコピー、再販という意味で誤用されてきたことが指摘されている。
“3Dプリンターの出現”は、プロダクト製品の製造現場においては加工速度や技術が向上するメリットがあるが、彫刻をはじめとする諸美術作品の制作においての3Dプリンター使用のメリットとは試作品の制作以外の他のどのようなメリットが挙げられるのだろうか。アーチストが自身の手を用いて形態(原型)をかたち作る行為を『受肉』と表現できうるとすれば、男性でも女性でも人は作品の苦しみも楽しみも享受することができたはずであるが、デジタルデータを加工し、3Dプリンターで出力を行う行為は、極めて物質的欲望である。ものを消費するスピードが加速度的に早まりを見せているが、この時代性は、感覚的な美術作品の制作のあり方にこれからどのように影響を及ぼしていくのだろう。「彫刻」とはまだ見たことのない形態を「いま・ここに」眼前化させる行為である。
〈制作意図〉
初個展を現代美術画廊「ギャラリー山口」(東京都中央区京橋3丁目京栄ビル)地上部1階で開催した私は、個展終了後地方都市を転々とする生活のさ中で石彫を制作していた。初個展終了後は、年1回の画廊主催のグループ展「アートジャム・gift展」(2008年)に自作プリントの写真作品を提出させていただいたがすぐに山口侊子氏(1943-2010)がお亡くなりになったため、その後二度と立体作品を批評してもらうことは叶わなかった。新人には初個展で地上部1階では絶対にやらせないんだ、と言われたのだが、「お願いします。」というと二言目に「わかったわ。」と快諾してくれた。個展開催中は、毎日ずっと椅子に座りながら山口さんの辛口な批評やらギャラリー山口に旧来関わった作家たちの作品集を見せてもらった。「フレッシュ」とう表現をして褒めも貶しもしてくれたように思うが、あんなにさわやかで快活なトークをする素敵な年輩女性にその後私はお会いしたことが無い。ギャラリー山口旧蔵資料が東京文化財研究所に寄贈保管されている。日本の代表的な現代美術専門の画廊の旧蔵資料を閲覧し、本展終了後に日本の抽象彫刻に関する私見を屋外彫刻調査保存研究会にて発表を行うこととする。
本展には第108回記念二科展彫刻部門特選受賞、第28回二科埼玉支部展埼玉県知事賞受賞作品である《アダンの実》(ブロンズ)および第108回記念二科展彫刻部門特選受賞により春季二科展に招待出品させていただいた作品である《残響》(Echo)(ブロンズ)、ほか彫刻マケットを展示する。
建畠覚三の二律背反―作ることと作らざることを共に含むような彫刻家のデッサンには到底およばないがモノクロームの単純な線画も展示する。(予定)
ちなみに私の雅号である「航子」という名は詩人である義母が名付けてくれた。「航」という字は水に関わる文字であり帆がないと船は進まぬ、と当てがってくれた。本展は亡き人に捧げるための鎮魂と再生の展示であり、今を生きるための転身・変化(metamorphosis)としての展示である。東北在住時には仙台にて3.11を体験したが私は産後2週間の身であった。女性の彫刻家として私も遅まきながら作品を展開するために「ギャラリー山口へのhommage」と題し、抽象彫刻を展開するためのターニングポイントとしたい。
以下、建畠覚造(1919-2006)の『「闇に漕ぐ舟」について』という文章の抜粋である。
「僕が考えたのは、作らざる作品が、実は作る作品とダブル・フォーカスされているということです。作る作家が作らざる行為を眺めながら、それを作る行為と重ねている。どっちにも自分は参加できる。一方では自分は作らざる闇の作家であり、もう一方では作る作家であって、闇の中で作っている。そうした輻湊したことが可能かどうかを問いかけようとしているのです。…」
保坂 航子 HOSAKA Kouko
福島県生まれ |
2016 |
武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻彫刻コース修了 |
日本美術家連盟会員、屋外彫刻調査保存研究会会員 |
[個展] |
2007 |
ギャラリー山口、東京 |
2014 |
仙台アーティスト・ラン・プレイスspace、宮城 ('15, '16, '17) |
2016 |
4月 ギャルリー東京ユマニテbis、東京
(同10月, '17,
'18, '19,
'21, '22,
'23, '25)
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2017 |
武蔵野美術大学彫刻学科伊藤誠研究室 madogiwa、東京 |
2020 |
いりや画廊、東京 |
[グループ展] |
2008 |
「アートジャム・gift展」 ギャラリー山口、東京 |
2014 |
「線を積む Piling Lines」 FAL/武蔵野美術大学、東京 |
2015 |
「彫刻と対話法」 府中市美術館市民ギャラリー、東京 |
2016 |
「東京五美術大学連合卒業・修了制作展」 国立新美術館、東京
「仙台アーティスト・ラン・プレイス参加作家による作品展」 仙台アーティスト・ラン・プレイスspace A・B、宮城
「新制作展」 国立新美術館、東京 ('17, '18, '22, '23, '24)
「第32回財団法人北野生涯教育振興会彫刻奨学金受賞者展」 日本大学藝術学部芸術資料館、東京 |
2017 |
「彫刻の五・七・五 Haiku Sculpture 2017」 女子美術大学女子美アートミュージアム、Joshibi SPACE 1900、東京 |
2019 |
「壁11㎡の彫刻展4」 いりや画廊、東京 |
2022 |
「第106回二科展」 国立新美術館、東京 ('23, '24) |
2023 |
「新制作名古屋巡回展」 愛知県美術館ギャラリー、愛知 |
2024 |
「新制作京都巡回展」 京都市京セラ美術館、京都 |
2025 |
「春季二科展」 東京都美術館、東京
「第28回二科埼玉支部展」 埼玉県立近代美術館、埼玉 |
[受賞]
平成15年度武蔵野美術大学造形学部卒業制作優秀賞
第32回財団法人北野生涯教育振興会彫刻奨学生受賞
第108回記念二科展彫刻部門特選受賞
第28回二科埼玉支部展埼玉県知事賞受賞
[設置]
「horobi-na」 翠が丘公園、福島県須賀川市
「流れのなかに」 藤垈の滝公園、山梨県笛吹市 |
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《残響》(Echo)
2025
ブロンズ
16.0×16.0×200.0cm
春季二科展招待出品作品
※東京都美術館での展示風景

《アダンの実》
2024
ブロンズ
60.0×100.0×60.0cm
第108回記念二科展彫刻部門特選受賞、第28回二科埼玉支部展埼玉県知事賞受賞
※埼玉県立近代美術館での展示風景
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