向山裕 (むこやま・ゆたか) は1984年大阪府生まれ。
宝塚造形芸術大学在学の2005年、当画廊企画の若手作家を紹介する展覧会"humanité lab" で個展を開催。
100号~120号の巨大なキャンバスに、実際には指先ほどの小さな熱帯魚や、頭と尾に分かれたウナギなどを精密なタッチでリアルに描き、注目を集めました。
その後、韓国での個展やグループショウ、昨年は「高島屋美術水族館」、「美の予感 2010―新たなる平面のカオスへ―」共に高島屋日本橋(東京、他国内巡回)に出品。その卓越した技術によって描かれた、どこか愛着を感じる作品が多くの反響を呼びました。
向山が近年描くモチーフには、ウナギ、たこ、海ほたるなど海の生物が多く見られます。向山は、まず気になった生物をネットや辞典で調べ、入手可能な生物は実際に飼って、その生育を共にします。例えば「うみほたる」は、実際にはゴマ粒くらいの大きさですが、顕微鏡で観察し、ついには解剖までして内蔵や体のしくみを詳細に調べ上げ、キャンバスに描いていきます。それらは、図鑑に登場しそうな、作家の意思を殆ど感じさせない写実的な生き物ばかりですが、どこか愛くるしく、ユニークで人間のような親しみや悲哀を持っているかに見えます。
さらに今回の新作「いかめし」はきれいな白磁の器に盛りつけられ、何故か青い畳の上に置かれています。つるつるとした飴色の醤油の匂いが立ち昇ってきそうなイカ飯。向山は描きたいモチーフの質感、触感、そしてそれらを含む全てをよりリアルに描くために、素材の見立てまで徹底的に拘り作品を作り込んでいきます。
今回の個展は2年ぶりの新作展となり、100号の大作のほか油彩約8点、他に動物の一部分をFRPなどで制作した立体作品数点を展示いたします。昨今注目を集める若手作家の中でも、高度な技術とインパクトのある作品で定評のある向山。期待の展覧会を是非ご高覧ください。
作家コメント
「カミの現像」
波打ち際に、海月(くらげ)が打ち上げられているのを見たことがあるだろうか。
機会があれば、その陰翳に注目されたい。
透き通った海月のからだがレンズのはたらきをし、
真ん中に光が集まって、周りより明るい、キラキラしたスポットができている。
そのぶん辺縁は光を減じられ、周囲よりも暗くなっている。
海月の存在をきっかけとして、均一な光の中に濃淡が生じている。
私の考えるカミはとても漠然とした存在で、
エーテルのように空気中にくまなく満ちている。
ときにその中に、先の海月のような偶然の作用によって、
カミの集っている部分が生じることがある。
これはその部分にだけカミが居り、周囲に居ないということではない。
海月がカミであるわけでもない。それはただカミを集光する
はたらきを持つ、依代のようなものだ。
海月がやがて、ひからび失われても、カミが消えるわけではない。
なくなるのはレンズのはたらきと、それによる濃淡である。
カミは相変わらず均質に空気中に存在している。
私の作品づくりは、この依代となる海月を作ったり、
または海月により生じている陰翳を現像するような仕事だ。
形象をもたない存在を、漠然としたまま具現化することは難しい。
これは光そのものを、そのまま描くことができないのと同じことだ。
しかし陰翳、明るい部分と暗い部分を描くことで、
間接的に光の存在を意識に上らせることはできる。
私は芸術がなにかを「創造」するものだとは思っていない。
いつも眼前にありながら、目に見えないもの――
名前が与えられていないために、ひとつの存在として意識されないもの――
そういったものに何かささやかな手を加え、
土を払い、余分なものを掃き清めて、カミを現像する。
私にできるのは、そうした仕事だと思う。